2016年8月7日 多摩川の思い出

私のアメリカンフットボールに関する歴史は決して輝かしいものではない。父がフットボール経験者で、鹿島建設に勤めていた影響を受けアメフトを知ったのが中学生の頃。中高一貫校に通っていたのだが、高校に上がったらアメフト部に入ろうと思っていたのに、私が中学3年生の時にまさかの廃部。今思えば、こういう人のためにJPFFがあるはずなのに、当時はネット時代では無いため探すことなど考えもつかず。大学のアメフト部なんて高校でやってた人がたくさんいるんだろうなーという思い込みもあり、その時点ではほぼ断念していた・・。

しかし、99年の社会人決勝を観戦したときに、アサヒビールの逆転ドライブも凄かったが、何より鹿島のエースWRだった現関大HCである板井選手のワンハンドキャッチに魅了されてしまい、やはり大学でアメフトをやってみたい!と思ってしまった。(ちなみに自分が付けている87番という背番号は、翌年に板井選手がNFLELに行った時に付けていた番号に由来する。)

大学入学の翌日にアメフト部のきったねー部室に行って入部届を出してから4年間、多摩川河川敷のグラウンドでは良くも悪くもいろいろな思い出ができた。練習中に初めてパスキャッチしたプレー、初めてTDをしたプレーは今でも覚えている。1年生は水まきが日課だが、きれいな水ではなく多摩川のきったねー水をくみ上げているスプリンクラーを先輩にかけたら、その先輩が腹を壊して入院してしまったこと。河川敷の藪に住んでいるホームレスのおやじがよくグラウンドに出現して、そのおやじのことを『総監督』と呼んでいたこと。世田谷区というブランドのせいか、いろいろな芸能人が河川敷をジョギングしていたこと。普段は人っ気など無い河川敷だが、自分が3年生の時に突如現れたアイドル『たまちゃん』フィーバーで人がごった返し、それに便乗して練習後にたまちゃんを探しに行ったこと。そして何より、このきったねーグラウンドで一緒に苦楽を共にした大切な仲間たち。苦しい練習のことなど思い出したくもないが、それでもやはり自分の青春時代を多摩川のグラウンドで過ごしたことは、自分にとってかけがえのない思い出である。

そんな4年間だったが、最終学年の時に指の骨折・膝の負傷も重なりスターターではなくバックアップに回ることになった。チームの勝利のためだと飲み込んだつもりだったが、卒業してからしばらくは後悔と不完全燃焼さに取りつかれることとなる。そんな時にたまたま出会ったのが鎌倉ラザロだ。社会人になってアメフトなんてするわけがないと思っていたが、再び選手として扱って頂いたラザロにはとても感謝をしており、今もコーチやチーム理事の業務を続けているのはその恩返しのためだと勝手に思っている。選手として東日本チャンピオンも経験させてもらったし、インターセプト王というタイトルを頂いた年もあった。いろいろな思いもあり、後輩にポジションを譲ろうと思って選手を辞めたわけだが、今の選手たちが楽しくアメフトをできる環境を作りたいとは常に思っているつもりだ。

そんな中、8月7日に鎌倉ラザロと私の母校の合同練習・スクリメージという企画が実現した。前述の通り、数々の思い出がある多摩川グラウンドだ。いつかはやってみたいと思っていたが、こういう形で母校に凱旋できるとは感無量だった。出欠段階では人数が厳しそうだったので、後輩のためだと思ってスタイルをする覚悟もできていた。4日の木曜日、楽しみで仕方がない母校とのスクリメージのために色々な段取りを進めようと早めに家に帰ってきたのだが、背筋も凍るようなトラブルが起きた。自宅の駐車場にはオートロックのゲートが付いているのだが、それを開閉するキーがうんともすんとも反応しない。管理人に言ってもスペアはすぐに用意できない、頼みのお隣さんも帰省中ということで、数日間車が出せないという事態になってしまったのだ。オフェンスコーチを始めてまだ間もないが、瞬時の判断力の重要さはわかってきたつもりだ。そして私はすぐに結論を出した。

『心を鬼にしてスタイルをするのをやめよう。(ズタを電車で運ぶのは重いから・・)これは実際にリーグ戦を戦う選手のためだ!!』と。

コーチング業に徹することに決めた私は、6日土曜日の仕事も早めに切り上げ、プレーチャートを見ながらいろいろなシュミレーションをしていた。最近はこの作業が楽しくて仕方がない。ふと見るとスマホがピロピロ鳴っている。何かと思ったら、横浜スタジアムで野球観戦をしている5364や元あばれる君がLINE上で盛り上がっている。『こいつら・・・(怒)』という気持ちをグッと抑え、明日を楽しみにしながら眠りについた。

そして7日日曜日当日。小学校の時に遠足が楽しみだと早く起きてしまったように、この日もやたら早く目覚めてしまったが時計を見てまた驚いた。AM 4:10 二度寝しようと思ったがなかなか眠れず、金曜にやっていた海猿の映画をタイムシフトで全部見てから家を出発した。

懐かしの多摩川グラウンドに到着し、練習スタート。スレッダーなどの練習機器は当然ラザロには無いので、選手にとってはとても貴重な経験であったと思う。でも自分はこれを独りで100ヤード押すという、ある意味『かわいがり』とも受け取れる体育会的な練習を思い出してしまい、少しブルーになりながら練習を眺めていた。そして完全に忘れていた。大学の練習のテンポの速さとレストの短さを・・・。移動時間がレスト。しかし移動は歩いたら怒られる。これが母校の伝統である。肝心のスクリメージの内容はここでは明言を避けるが、ベンツ先輩が意外とシビアにプレークロックを管理していたことに驚いた。

選手の方々はこの暑さの中、本当に大変だったと思う。プレーしていない自分に言われるのはむかつくと思うが、残念ながらそれが今のチーム事情であることは認識しなければならない。でも後ろ向きなことばかりではなく、新戦力も徐々にチームに馴染んできているし、現有戦力が他チームに比べて劣っているなど全く思っていない。今日のスクリメージをきっかけとなり、チーム内でいろいろな議論が発生し、それがチームの結束・チーム力向上につながることを強く願っている。

最後に、今年を再起の年と位置付けている我が母校がリーグ優勝・3部リーグ昇格という命題を果たせるよう、微力ながらも応援し続けたいと思っています。

鎌倉ラザロが所属する日本プライベートフットボール協会の選手一次登録は締め切られましたが、9月上旬の二次登録があります。鎌倉ラザロに興味を持たれた方は以下までお問い合わせください。

鎌倉ラザロ事務局(E-mail : lazarus@kamakura-lazarus.com

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2016年8月8日 | カテゴリー : teamreport | 投稿者 : lazarus